「商品がどの程度ユニバーサル・デザイン(以下UD)の成果を達成しているのかを評価したい。」という要望がいくつか寄せられています。かなり奥の深い課題なので、論点を整理してみたいと思います。
一つの商品を取り上げて、それがどの程度ユニバーサル・デザインであるかを問うのはいささか片手落ちです。あるコンディションの人がどの程度の生活活動上の困難を有しているかは、その商品のジャンル、日常生活活動分野ごとにそれぞれ大きく異なる状況にあるからです。
ユニバーサル・デザインの達成度を評価するには、その商品が利用される日常生活活動において、誰が(どのようなコンディションの人が)どの程度排除された状態であるのかが明らかにされなければなりません。その上で、新しい商品、あるいは改良された商品が、その時点で排除された状況にあったユーザーの中で、具体的にどのようなコンディションの人のアクセシビリティを拡大できたのか、ユーザビリティの向上に貢献できたのか、また魅力性を向上できたのか、という視点で評価する必要があります。
一般的に「UD評価」と称しているものの中には、UD7原則の各ガイドラインの目標をそのまま評価項目に置き換えたチェックリストを用いている場合が多く見受けられます。
代表的な例としては、NCSUの故ロン・メイス氏のもとでUD7原則の作成に参加したメンバーによるUD評価シートとして、「Universal Design Performance Measures for Products」があります。
これを単純に翻訳しただけ、あるいは若干の修正を加えただけのチェックリストを用いているところも少なくありません。
しかし、例えば「原則1」などは、そもそも評価尺度として適切ではありません。
原則1とは、「Equitable Use(公平な使用への配慮)」で、「誰にでも公平に利用できること」です。
定義は、「誰にでも利用できるように作られており、かつ、容易に入手できること。」
ガイドラインとしては、
1a.誰もが同じ方法で使えるようにする。それが無理なら別の方法でも仕方ないが、公平なものでなくてはならない。
1b.差別感や屈辱感が生じないようにする。
1c.誰もがプライバシーや安心感、安全性を得られるようにする。
1d.使い手にとって魅力あるデザインにする。
となっています。
そもそも、この指標には判定基準の提示がないので、客観的な評価は不可能です。
「誰にでも(どのような人にでも)」の意味するユーザーの多様性とその特性に関する深い理解がないと評価は困難ですし、評価者の理解度や能力によって評価が大きくばらつくことになるからです。
これに対して、「誰にでも(どのような人にでも)」の部分をできるだけ明らかにしようとしたアプローチがいくつか見られます。
これに対して、「誰にでも(どのような人にでも)」の部分をできるだけ明らかにしようとしたアプローチがいくつか見られます。
「ユニバーサルデザイン実践ガイドライン」
は、日本人間工学会アーゴデザイン部会メンバーの研究成果です。
開発に当たって考慮すべき要求事項や問題点を効率的に抽出するためのマトリックスのフォーマットや記入例を提供してくれています。 開発のためのツールですが、同時に、初期の目標がどれだけ達成されたかという視点で、達成度評価のツールとしても利用可能です。 ユーザー分類表は、文字通り「誰にでも(どのような人にでも)」の部分をできるだけ客観的に網羅しようとした試みと言えるでしょう。
IAUD(国際ユニヴァーサルデザイン協議会)の「UDマトリックス」も、この流れをくむ取り組みと言えるでしょう。
海外にも先行した取り組みがあります。
Inclusive design toolkit
人間の特性(特に身体的な)の多様性を理解する資料としては、「ICF(International Classification of Functioning , Disability and Health):国際生活機能分類」があります。
筆者は、2000年春頃から、改訂作業中のICFの分類枠組みを下敷きにして、商品開発・設計担当者向けの「開発ツールとしてのユーザー特性分類」の検討を行いました。情報通信機器、家電、自動車、住宅設備機器等のメーカーにノウハウを提供し、それぞれの商品の構成要素及びタスクリストと組み合わせることで、開発支援ツール及び評価支援ツールとして一定の成果を上げることが出来ました。
ICFは、人間の生活機能と障害の分類法として、2001年5月、世界保健機関(WHO)総会において採択されたものです。
それまでのWHO国際障害分類(ICIDH: International Classification of Impairment, Disability and Health)が、「機能障害(impairment):心理的、生理的、解剖的な構造又は機能のなんらかの喪失又は異常」→「能力低下(disability):人間として正常とみなされる方法や範囲で活動していく能力の(機能障害に起因して起こる)なんらかの制限や欠如」→「社会的不利(handicap):機能低下や能力低下の結果として、その個人に生じた不利益であって、その個人にとって正常な役割(年齢、性別、社会文化的など)を果たすことが制限されたり妨げられたりすること」という枠組みを用いて、障害のマイナス面を分類するという考え方が中心であったのに対し、ICFでは「生活機能」というプラス面からみるように視点を転換し、さらに環境因子等の観点を加えたことに特徴があります。
ICFでは、人間の生活機能と障害について「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3つの次元及び「環境因子」等の影響を及ぼす因子で構成されており、約1,500項目に分類されています。
人間の生活機能を身体的特性面から網羅的に理解するのには、有用な分類法だと思います。ただ、「活動」や「参加」、また「環境因子」の項目には、人工物や人工環境の要素が含まれるため、「心身機能・身体構造」の客観的な分類構造に比べてかなりの落差があると指摘せざるを得ません。しかし見方を変えれば、その落差の中にこそ、デザインの課題が明示されているということもできます。
詳細は以下のサイトを参照して下さい。
WHOのICFに関するWebサイト
ICFに関する厚生労働省のホームページ
ICF 国際生活機能分類―国際障害分類改定版
UDの評価は、「商品」に焦点をあてた視点と、「開発プロセス」に焦点をあてた視点によって行うことができます。一方、ユーザー視点に立てば、自分自身あるいは身近な人にとって使えるものであるかどうか、という視点と、使えないで困っている人が実際にどの程度存在するのか、という視点の2つがあるでしょう。さらに、アクセシブルでユーザブルであっても、使いたくない、欲しくないという状況もあり得ます。
一方のユーザーには、微妙な差異で何百種類もの選択肢が提供されているのに、もう一方のユーザーには、たった一つの選択肢しかない、あるいは選択肢すらないという状況がまだまだたくさん存在しています。
もし、自社商品のUD達成度に関心をお持ちなら、ぜひ、その商品が使えない、あるいはその商品ジャンルを用いて行われる生活活動が行えないユーザー、つまり事実上排除した状態にしてしまっているユーザーがどの程度存在するのか?という視点で評価してみて下さい。そこに次の商品改良や開発、イノベーションのテーマが明示されているはずです。
(Text by 大藤 恭一)
ユニバーサル・デザインの達成度評価
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